様々な近視進行抑制治療における比較試験の結果を解析した結果、有効性が認められた近視進行抑制治療には、低濃度アトロピン点眼、オルソケラトロジー、多焦点ソフトコンタクトレンズ、特殊な眼鏡や累進屈折力レンズ眼鏡などがあります。
1)低濃度アトロピン点眼
アトロピン点眼は、古くから小児の近視進行抑制に有効であることが知られていましたが、副作用(散瞳、調節麻痺、使用中断後の急速な近視進行)の問題から現実的に臨床での使用が難しいと考えられていました。しかし2012年にシンガポールのDonald TanらによるATOM2 study(The Atropine in the Treatment of Myopia Study 2)の結果から、1%アトロピン点眼を100倍に薄めた低濃度(0.01%)点眼で、屈折値で約60%の近視進行抑制効果を維持しながらも、同時に副作用の問題がほぼ解消されることが明らかとなり、一躍脚光をあびるようになりました。しかしながら、低濃度(0.01%)アトロピン点眼では、近視進行の本態である眼軸長の伸展抑制効果に関しては、屈折値ほど十分な抑制効果が示されておらず、また低濃度点眼の中での至適濃度も不明な状態でした。
そこで低濃度アトロピン点眼の眼軸長伸展抑制効果を含めた有効性と、安全性を評価し、至適濃度を決定するため、偽薬、0.01% 、0.025%、0.05%点眼を用いた2重盲検無作為化比較試験であるLAMP(Low-Concentration Atropine for Myopia Progression) studyが、中国のYamらによって行われております。各濃度の有効性、安全性がどのように示されるか、続報が待たれております。
2)オルソケラトロジー
オルソケラトロジー(オルソ K)は、特殊な形状のハードコンタクトレンズを就寝時に装用することで、角膜上皮の形状変化から近視矯正効果を生じさせ、日中は矯正具なしで良好な裸眼視力を得ようとする屈折矯正法です(図1)。角膜中央の上皮が菲薄化し、周辺部が厚くなることで矯正効果を生じますが、圧迫できる上皮には限度があるため、矯正量はガイドラインでは4ジオプトリーまでとなっております。
既報の2年間の前向き試験による成績をまとめると、眼軸長伸展で3~6割の近視進行抑制効果が見積もられております。筑波大学の平岡らによって、10年以上に及ぶオルソ Kの小児の近視進行抑制に対する長期成績と安全性も報告されております。日本人のオルソ Kの近視進行抑制効果は、長期でも30%は期待できることが示されております。オルソ Kはその高いエビデンスレベルに基づく比較的確実な有効性と、着脱・管理を夜間に両親が行える点から、現時点で近視の専門診療において不可欠な選択肢の一つとなっております。小児にオルソ K治療を行う場合は、専門医の厳格な管理と、両親への適切な教育のもとで、選択された症例に処方を行うことが重要となっております。
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3)多焦点ソフトコンタクトレンズ
多焦点ソフトコンタクトレンズは、一般的に遠用の球面度数に近用の加入度数が付加された老視矯正のための遠近両用コンタクトレンズとして知られております。海外では各社が様々なデザインの多焦点ソフトコンタクトレンズを子どもの近視進行抑制のために開発しており、オルソケラトロジーに匹敵する有効性が示されはじめております。
しかしオルソケラトロジーと比べて負担が少なく、刺激が少ないため装用しやすいこと、また、使い捨てコンタクトに代表されるように、衛生面での管理が比較的容易なことから、国によっては、子どもの近視進行抑制のために使用される頻度は、低濃度アトロピン点眼やオルソケラトロジーを凌いでおります。しかし日中に装用するため、ゴミが入った時などに、自分で取り外すといった自己管理が可能な年齢になるまでは、使用できないため、比較的年齢が高い小児が対象となります。
4)特殊な眼鏡
海外では、周辺部の網膜に網膜の手前でピントが合う光をたくさん作用させたり、周辺部の網膜のコントラストを下げることで、近視進行を抑制しようとする眼鏡が販売されております。2020年ごろから海外で販売されるようになった、これらの新しいタイプの近視進行抑制眼鏡は、低濃度アトロピン点眼やオルソケラトロジー、多焦点ソフトコンタクトレンズと同様に、眼軸の延長が通常の眼鏡やコンタクトレンズ比で平均50~60%抑制されることが報告されはじめております。
眼鏡による治療であればより小さな子供でも簡単に可能であり、さらにコンタクトレンズや薬物療法と比較して、副作用がほとんど、またはまったくありません。しかし日本でこれらの新しい眼鏡を使用できるようになるには治験を行う必要があるため、現時点では使用できません。
これより以前の研究で用いられた方法には、『累進屈折力レンズ眼鏡』を使用して、近くを見るときの調節力を軽減させ、網膜の中心部における焦点ボケを防ぐことで、眼軸の延長を抑制する方法があります。「累進屈折力レンズ眼鏡」は、通常の眼鏡やコンタクトレンズに比べて平均10~20%の近視の進行を抑制することが判っており、この眼鏡であれば日本でも使用が可能です。しかし、効果が小さいことや、眼鏡の位置調整などに常に注意が必要なため、一般の眼科ではあまり推奨されていません。
5)レッドライト治療法(red light therapy)
近年、近視研究者らの関心を最も集めているのが、レッドライト治療法(red light therapy)と呼ばれる治療方法です。
2014年に偶発的に、中国において長波長の650nmの赤色光が、過剰な眼軸延長を抑制する効果を有することが発見されました。
以降、中国国内では、このレッドライトに対するヒトでの近視進行予防効果の報告が集積しておりました。
2021年、アメリカ眼科学会雑誌に、レッドライト治療法の近視進行予防効果が発表されてからは、世界中で大きな話題となっています。
さらに長期的な検討も必要ですが、この治療で用いられる低出力の赤色光は、いわゆる可視光です。
中国では弱視治療に長年安全に使用されてきた実績がありますが、最近1例に網膜障害が生じた報告があることから、治療に関しては専門医による慎重な判断が必要です。
実施方法は非常に簡便で、たった1回3分、1日2回、可視光である650nmの赤色光を覗き込むことだけです。
治療を75%以上守ってきちんと実施してくれたコンプライアンスが良好な群のみを抽出した場合、その近視進行予防効果は実に90%近いものであった、と驚くべき報告がなされております。
さらに現在、近視発症前の子供に対するレッドライトの近視発症予防効果、ほかの治療との併用効果、一度伸びた眼軸を短くできるか(近視の改善効果)などを調査する大規模な比較試験が進行しており世界中の研究者が結果を待っているところです。